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ChatGPTに聞いてクビにしたら裁判で負けた―Krafton CEOと2.5億ドルの顛末

PUBGで知られるKraftonのCEOが、375億円のボーナスを払わずに済む方法をChatGPTに相談。弁護士の警告を無視してAIの提案通りに動いた結果、デラウェア州の裁判所で全面敗訴した。

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kkm

Backend Engineer / AWS / Django

2026.03.195 min5 views

PUBG開発元のCEO、ChatGPTに375億円のボーナス踏み倒し方を聞いて裁判で負ける

2026年3月17日、アメリカのデラウェア州衡平法裁判所がある判決を下しました。この裁判所は、企業同士の訴訟が集中するアメリカで最も影響力のある裁判所のひとつです。

訴えられたのはKrafton。バトルロイヤルゲーム「PUBG: BATTLEGROUNDS」を開発・運営する韓国の大手ゲーム会社です。判決の内容は、Kraftonが解雇したゲームスタジオのCEOを復職させろ、そして2.5億ドル(約375億円)のボーナスの期限を延長しろ、というものでした。

ここまでなら、よくある企業紛争の話です。この事件が世界中のメディアで報じられた理由は別にあります。KraftonのCEO Changhan Kimが、ボーナスの回避策をChatGPTに相談していたことが法廷で明るみに出たのです。

しかも、自社の弁護士の警告を無視して。

裁判所の認定

「"お手頃な"契約に同意してしまったことを恐れたKraftonのCEOは、AIチャットボットに企業"乗っ取り"戦略を相談した」

― Lori Will判事(デラウェア州衡平法裁判所)

Kraftonが750億円で買ったゲームスタジオと、375億円のボーナス契約

話は2021年にさかのぼります。Unknown Worlds Entertainmentは、海中サバイバルゲーム「Subnautica」で世界的なヒットを飛ばした米国の独立系スタジオです。Subnauticaは、未知の惑星の海に不時着したプレイヤーが深海を探索しながら生き延びるゲームで、Steamで「圧倒的に好評」の評価を得ています。創業者はCharlie ClevelandとMax McGuire。CEOはTed Gill。

PUBGで急成長していたKraftonは、このスタジオを5億ドル(約750億円)で買収しました。さらに、続編Subnautica 2が一定の売上目標を達成した場合、追加で2.5億ドル(約375億円)の業績連動ボーナス(アーンアウト)を支払う契約を結んでいます。

問題は、Subnautica 2が順調すぎたことです。Krafton自身の社内予測で、売上目標を達成する見込みが高いと出てしまった。つまり、375億円を払わなければならない。

ここでKim CEOは考え始めます。「この契約、甘すぎたのでは」と。

ChatGPTに相談したら何と言われたか

2025年6月。Kraftonの企業開発責任者Maria Parkは、Kim CEOにはっきり警告しました。「創業者を不当に解雇しても業績連動ボーナスの条項は無効にできません。訴訟リスクがあります」と。

Kim CEOはこの助言を聞き入れませんでした。代わりにChatGPTに相談したのです

最初のChatGPTの回答は、まともなものでした。「業績連動ボーナスの解除は困難」と。ところがKim CEOは諦めません。何度も角度を変えて質問を重ねると、ChatGPTはやがて詳しい戦略を出し始めます。ChatGPTの仕組み上、押せば押すほどもっともらしい回答が出てくるのです。

こうして生まれたのが、社内コードネーム「Project X」です。

404 Mediaの報道によると、ChatGPTが提案した戦略はこんな内容でした。

  • 1 社内チームを作る: ボーナスの再交渉、それがダメならスタジオの支配権を奪うための専門チームを設置する
  • 2 じわじわ圧力をかける: 交渉を有利に進めるために、複数の手段で徐々にプレッシャーを強める
  • 3 交渉が決裂したら力ずくで奪う: プランBとして、Steamやコンソールでのゲーム配信権限やソースコードを差し押さえる
  • 4 世論操作の台本を用意する: 対立を「金銭問題」ではなく「ファンの信頼」と「品質管理」の問題に見せかける言い回しを準備する

要するに、ChatGPTは「交渉してダメなら力ずくで奪い、世間にはファンのためだと言い張れ」という計画を描いたわけです。

そしてKraftonは、この計画の大部分を本当にやってしまいました

ChatGPTの提案を実際にやってしまった

2025年7月1日、Kraftonの取締役会が動きました。

  • CEO Ted Gillをクビにした
  • 共同創業者のCharlie ClevelandとMax McGuireも追い出した
  • Steam上のSubnautica 2の配信権限を取り上げた
  • ファンコミュニティに対し、開発陣について事実と異なるメッセージを発信した

ChatGPTが描いたロードマップのほぼそのままです。Kraftonは解雇の理由を「Subnautica 2のコンテンツが不十分」としていましたが、裁判所はこの主張を退けています

解雇されたTed Gillらはすぐにデラウェア州衡平法裁判所に訴えを起こし、2026年3月17日に判決が下されました。

買収からクビ、裁判まで―ここまでの流れ

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裁判所はどう判断したか

デラウェア州衡平法裁判所のLori Will判事は、Kraftonの行為をはっきり契約違反と認定しました。

判決のポイントは3つです。

判決内容詳細
Ted Gillの即時復職CEOとしての権限を全面的に回復。
Subnautica 2の早期アクセス計画も
Gillが決める
ボーナス期限の延長375億円の業績連動ボーナスの
達成期限を2026年9月15日まで延長。
Kraftonの妨害で失われた時間を取り戻す措置
取締役会決議の無効化2025年7月1日の解雇決議は
「GillのCEOとしての権限を
侵害する限り無効」

裁判所が「経営者は独立した人間の判断をしなければならない」とはっきり言ったのが大きいです。AIチャットボットに戦略を作らせ、その通りに動いたこと自体が、経営者としての義務に違反した証拠として扱われました。

Kraftonは判決後、公式サイトの問い合わせページが「一時的にオフライン」になるなど、かなり動揺しているようです。

ChatGPTに相談して何が問題だったのか

この事件は「ChatGPTに聞いたらまずいことをやってしまった」という笑い話ではありません。いくつか大事な教訓があります。

まず、AIの回答は法的なアドバイスの代わりにはならない。 ChatGPTは最初に「困難」と正しく答えています。でもユーザーが粘り続ければ、それっぽい戦略をいくらでも出してきます。ChatGPTの仕組み上、押せば押すほどもっともらしい回答が出てくるのです。これはChatGPTの欠陥ではなく、そういうものです。問題は、それを法的なアドバイスとして採用したCEOの判断にあります。

次に、「AIに聞いた」は言い訳にならない。 裁判所は「独立した人間の判断」を求めました。AIが出した内容をそのまま実行しても、責任は全部人間にある。当たり前の話ですが、これが法廷ではっきり述べられたのは大きいです。

そして、チャット履歴は証拠になる。 Kim CEOがChatGPTとやり取りした内容は、裁判で証拠として提出されました。AIとの会話は「消えるメモ」ではなく、デジタル証拠として法廷に持ち込まれます。

ちなみに、同じ週にアメリカの連邦控訴裁判所が、AIが作った架空の判例を引用した弁護士に3万ドルの罰金を科しています。AIと法律の衝突は、もう「将来の話」ではなくなっています。

ネット上の反応

この判決はゲーム業界とテック業界の両方で大きな反響を呼んでいます。

Culture Craveは判決の要点を速報し、Gillの即時復職とSubnautica 2に関する全権限の回復を伝えました。

ゲームコミュニティからは「高額で買収→ChatGPTでボーナス踏み倒しを画策→法廷で粉砕→結局払う上に相手と働き続ける」という展開を「信じられないほど滑稽」と評する声が上がっています。

一方、Kraftonは判決前の段階で「Subnautica 2のコンテンツは不十分」と声明を出しており、「法廷で自らの立場を守ることを楽しみにしている」としていました。結果は、ご覧の通りです。

弁護士の言うことは聞こう

この事件を見ていて、映画『ジュラシック・パーク』のイアン・マルコム博士のセリフを思い出しました。

「あなたたちの科学者は"できるかどうか"に夢中で、"やるべきかどうか"を考えなかった」

ChatGPTは質問に答えてくれます。粘ればそれっぽい戦略も出してくれます。でも「それが法的に許されるか」「倫理的に正しいか」は判断してくれません。というか、最初の回答では「やめておけ」と言ったのに、人間の側が聞く耳を持たなかったのです。

Kim CEOには弁護士がいました。弁護士は正しい助言をしました。でもCEOは弁護士ではなくChatGPTを選んだ。その結果、375億円を「節約」するどころか、クビにした相手を復職させ、ボーナスの期限まで延長され、訴訟費用を負担し、世界中のメディアで「ChatGPTに法律相談して裁判で負けたCEO」として報じられることになりました。

375億円の節約を試みた代償としては、なかなかの高額です。

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