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大阪府警、50年動いたシステムの移行に失敗 — 予定価格の6割で落札したベンダーが撤退

大阪府警が50年以上使い続けたメインフレームの移行が頓挫。予定価格の約6割で落札した電算システムが開発遅延の末に撤退。特許庁55億円、京都市117億円に続く公共IT調達の構造問題。

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kkm

Backend Engineer / AWS / Django

2026.03.238 min5 views

50年動いたシステムを移行しようとした

大阪府警察本部には、1970年代から50年以上にわたって稼働し続けているメインフレームの人事管理システムがあります。職員の人事情報を管理する基幹システムで、半世紀にわたって止まることなく動いてきました。

メインフレームとは、大量のデータ処理を行う大型コンピュータのことです。銀行のATMや航空会社の予約システムなど、止まると社会に大きな影響が出るシステムで長く使われてきました。信頼性は極めて高い一方で、技術者の高齢化・保守コストの増大・メーカーのサポート終了といった問題を抱えています。

大阪府警はこの老朽化した人事管理システムを、現代的な「オープン系」のシステムに移行しようとしました。2022年に入札を公示し、新しいベンダーを選定。2030年3月までの開発・運用・保守を一括で契約しました。

しかし、このプロジェクトは頓挫しました。

予定価格の6割で落札したベンダーが撤退した

2022年6月に行われた入札には2社が参加しました。富士通Japanと、電算システム(岐阜県岐阜市、東証プライム上場の電算システムホールディングス傘下)です。

落札したのは電算システム。予定価格の約6割という安値での落札でした。大阪府には「低入札価格調査制度」があり、異常に安い入札は調査対象になります。しかし、結果的にこの安値入札は通ってしまいました。

問題は開発着手直後から始まりました。日経クロステックの報道によれば、早期から開発遅延が発生。大阪府警が計画を変更して対応を試みましたが、遅延は解消されませんでした。

そして2025年5月、本来のシステム稼働予定日(2025年10月)のわずか5ヶ月前に、電算システム側が「仕様書に定められた通りの履行ができない」として契約解除を申し出ました。事実上の撤退です。

大阪府は翌日、電算システムに対して1年間の入札参加停止措置を決定。電算システムホールディングスも適時開示で契約解除を公表しました。

入札から撤退までの経緯

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なぜ安値入札は失敗を招くのか

公共機関のシステム開発では、多くの場合「最低価格入札方式」が採用されます。最も安い価格を提示したベンダーが受注する仕組みです。

一見合理的に見えますが、大きな問題があります。ベンダーは受注するために無理な安値を提示し、実際に開発が始まると人員やリソースが足りなくなる。見積もりが甘かったことに開発途中で気づいても、契約金額は変えられない。結果として、品質が下がるか、最悪の場合は今回のように撤退に至ります。

大阪府には「低入札価格調査制度」があり、異常に安い入札を事前に調査する仕組みはありました。しかし、予定価格の約6割という入札がこの調査を通過してしまった以上、制度が十分に機能していたとは言いがたい状況です。

IT業界では「安かろう悪かろう」が通用する場面は限られます。とくにメインフレームからの移行は、50年分の業務ロジックを理解し、新しい技術に正確に移し替える作業です。技術力と経験がなければ対応できません。

特許庁55億円、京都市117億円 — 繰り返される同じパターン

大阪府警の事例は孤立した失敗ではありません。日本の公共機関では、同じパターンの失敗が繰り返されています。

事例損失額経緯
特許庁
基幹システム刷新
55億円2004年から8年がかり。
東芝ソリューション+
アクセンチュアが担当。
全額返還で決着
京都市
基幹システム刷新
117億円30年稼働のシステムを刷新。
ベンダーと見解対立で中断。
6年越しの裁判。
双方50%責任の一審判決
大阪府警
人事管理システム
非公開50年稼働のシステムを移行。
予定価格の約6割で落札。
開発遅延で本稼働5ヶ月前に
ベンダーが撤退

3つの事例に共通するのは、「レガシーシステムの移行は想像以上に難しい」という事実が、プロジェクト開始時に過小評価されていることです。そして、安値入札や見積もりの甘さがそのリスクをさらに増幅させています。

富士通メインフレームは2035年に消える

大阪府警のシステムが依存しているとみられる富士通のメインフレームには、明確なタイムリミットがあります。

  • 2030年度末: 富士通がメインフレームの製造・販売を終息
  • 2035年度末: 保守サポートが完全終了

日経クロステックの報道によれば、2024年時点で富士通製メインフレームは全国に約650〜700台残っています。年間に移行できる台数は約20台と推定されており、計算上は2035年の保守終了に間に合わない可能性があります。

経済産業省が2018年に警告した「2025年の崖」(レガシーシステムを放置した場合に年間最大12兆円の経済損失が発生するという予測)は、すでに現実の問題になっています。大阪府警の事例は、その崖から落ちた1つのケースです。

メインフレーム移行はなぜ難しいのか

「古いシステムを新しいシステムに入れ替えるだけ」と思われがちですが、メインフレームからの移行は技術的に極めて困難な作業です。

1つ目は、業務ロジックのブラックボックス化。50年間にわたって積み重ねられた業務ルールや例外処理は、ドキュメントが残っていないことが多い。「なぜこの処理がここにあるのか」を誰も説明できない状態で、それを別のシステムに正確に移し替えなければなりません。

2つ目は、プログラミング言語の壁。メインフレーム上のシステムの多くはCOBOLという古い言語で書かれています。COBOLを読める技術者は年々減少しており、若手エンジニアがCOBOLのコードを解読して現代の言語(Javaなど)に書き直すのは、外国語の古文書を翻訳するような作業です。

3つ目は、テスト工数の爆発。人事管理システムには、給与計算、異動履歴、勤怠管理など膨大な機能があります。すべての機能が旧システムと同じ結果を出すことを確認するテストだけで、開発と同等かそれ以上の工数がかかります。

大阪府警のシステムは今どうなっているのか

電算システムの撤退後、大阪府警は旧メインフレームシステムをそのまま使い続けている状態です。移行計画は再検討中とされていますが、具体的な再入札のスケジュールは公表されていません。

富士通のメインフレーム保守が2035年度末に終了することを考えると、猶予はあと約9年です。しかし、今回の失敗で少なくとも3年が失われました。次のベンダー選定、要件定義、開発、テスト、移行を考えると、9年は決して余裕のある期間ではありません。

大阪府警だけの問題ではありません。全銀システムも2027年の次期システム稼働に向けてメインフレームからの全面移行を進めています。国が進める自治体システム標準化でも、全国の約1割の自治体が期限内の移行は困難と回答しています。

日本の公共機関が抱えるレガシーシステム問題は、「安く済ませよう」という調達の発想を変えない限り、同じ失敗が繰り返されます。50年動いたシステムを安全に移行するには、それに見合った予算・技術力・時間が必要です。「予定価格の6割」で買えるものではありません。

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