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予測市場の賭け参加者が記者に殺害脅迫、Polymarketで何が起きたか

イランミサイル着弾の報道を巡り、予測市場の賭博者が記者に殺害脅迫。Polymarketの仕組みからなぜこの事件が起きたのかまで丁寧に解説

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kkm-horikawa

kkm

Backend Engineer / AWS / Django

2026.03.185 min7 views

「記事を書き直せ、さもなくば殺す」

2026年3月10日、イランの弾道ミサイルがイスラエル・ベイト・シェメシュ近郊の開放地域に着弾しました。負傷者はなし。The Times of Israelの軍事特派員エマヌエル・ファビアン氏がこの事実を報じました。

ここまでは、よくある中東情勢の一報です。

ところがこの報道が、まったく予想外の方向から記者の命を脅かすことになります。予測市場Polymarketで「イランがイスラエルを攻撃するか」に1400万ドル(約21億円)を賭けていたギャンブラーたちが、記事の内容を変えるよう迫ってきたのです。

丁寧な問い合わせから始まったそれは、やがてWhatsAppでの殺害脅迫、家族への言及、住所の特定へとエスカレートしていきました。

そもそもPolymarketとは何か

Polymarket(ポリマーケット)は、2020年にShayne Coplan氏が立ち上げた予測市場プラットフォームです。「予測市場」という言葉に馴染みがなくても、仕組みはシンプルです。

たとえば「2026年中にAIが将棋のタイトルホルダーに勝つか?」というお題があったとします。ユーザーは「Yes」か「No」のどちらかにお金を賭けます。期限が来て結果が確定したとき、正解した側がお金を受け取り、外れた側は失います。

Polymarketの基本的な仕組み

項目内容
賭けの対象現実世界の出来事(政治・経済・紛争・テクノロジーなど)
賭け方「Yes」か「No」のシェア(トークン)を0.00〜1.00 USDCの間で売買
通貨USDC(米ドルに連動する暗号資産。1 USDC ≒ 1ドル)
結果確定時正解側のシェアが1 USDCに清算。不正解側は0に
基盤技術Polygonブロックチェーン上で決済。取引手数料が安い

株式市場の取引に似ていますが、決定的な違いがあります。株は企業の成長に投資するもの。Polymarketは「現実に何が起きるか」そのものに賭けるものです。

Axiosの2026年3月の調査によると、アメリカの成人の61%が予測市場での取引を「投資よりもギャンブルに近い」と回答しています。累計取引高は60億ドルを超え、14,000以上のマーケットが存在する世界最大の予測市場です。

1400万ドルが賭けられたマーケット

今回の事件の舞台となったのは、Polymarket上の「Iran strikes Israel on...?」(イランはイスラエルを攻撃するか?)というマーケットです。総額1400万ドル以上(約21億円)が賭けられていました

ここで重要なのは、このマーケットのルールです。

「迎撃されたミサイルまたはドローンは、『Yes』の決定には十分ではない」

― Polymarket マーケットルールより

つまり、こういうことです。

  • Yes ミサイルがイスラエル領土に着弾した場合 → 「Yes」に賭けた人が勝ち
  • No ミサイルが迎撃された、つまり着弾しなかった場合 → 「No」に賭けた人が勝ち

ファビアン記者の報道は「ミサイルが開放地域を直撃した」というもの。これは明確に「Yes」の根拠になります。もし記事が「着弾したのは迎撃ミサイルの破片だった」と修正されれば、「No」側の勝利です。

つまり、たった1本の記事の表現が変わるだけで、数十万ドル規模の勝敗がひっくり返る。そう気づいた人々がいました。

90分の最後通牒

事態は段階的にエスカレートしていきました。以下は、ファビアン記者本人の証言に基づく時系列です。

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記者は記事の中でこう述べています。「私は自分の報道を撤回するつもりはない。しかし心配なのは、他のジャーナリストが賞金の一部を約束されたとき、倫理を守れるかどうかだ」と。

Polymarketの対応と、世界で広がる規制の波

事件を受けてPolymarket社は声明を出し、「ハラスメントと脅迫を非難する」と表明しました。関係者のアカウントを全て停止し、情報を関連当局に提供するとしています。

ただし、Washington Postの報道によると、Polymarketは警察からの連絡の有無、容疑者特定の可能性、同様の事件の防止策については回答を避けています。

この事件は、すでに各国で進んでいた予測市場への規制議論にさらに火をつけました。

国・地域動き
アルゼンチンPolymarketを「無認可の賭博プラットフォーム」として禁止FX Leaders
米国ネバダ州ゲーミング管理委員会が、州のライセンスなしでの運営を差し止める民事訴訟を提起
米国連邦シフ上院議員らが「Death Bets Act」を提出。戦争・暗殺・死者数に関する予測マーケットの禁止法案(CNBC
米国イリノイ州Polymarket・Kalshiに対する集団訴訟。100年以上前の賭博法を根拠に損害賠償を請求

さらに予測市場ではインサイダー取引の疑いも浮上しています。ロシア-ウクライナ戦争、イスラエルの軍事作戦、さらにはOpenAIに関するマーケットで、内部情報を利用したとみられる不審な取引パターンが複数報告されています

「真実」に値段がついた世界で

映画『マネー・ショート』では、リーマン・ショックを予見したトレーダーたちが「住宅市場の崩壊」に賭けました。市場の歪みを見抜いた彼らは英雄的に描かれています。しかし、あの映画の教訓は本来こうだったはずです。「賭ける対象が人の生活そのものであるとき、賭ける側は必ず鈍感になる」

Polymarketの利用者は、戦争の結果に賭けています。ミサイルが着弾するかどうか。人が死ぬかどうか。そしてその賭けに勝つために、報道を歪めようとした。

予測市場の支持者は「群衆の知恵が最も正確な予測を生む」と主張します。それは学術的にも裏付けがあります。しかし今回の事件は、その群衆が知恵ではなく暴力で「正解」を作ろうとしたケースです。

米国では「Death Bets Act」という法案が提出されました。戦争や暗殺に関する賭けを禁止する法案です。法案名が事態の深刻さを物語っています。

予測市場が「未来を予測するツール」であり続けるのか、それとも「現実を操作するインセンティブ」になるのか。その答えは、まだ出ていません。

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